悪人

  • 2011.07.11 Monday
  • 11:43
悪人 スタンダード・エディション [DVD]


 映画を見ました。音楽が素晴らしいなと思ったら久石譲だった。
ついったーだとネタバレになるのでこちらで。以下、追記からネタバレ感想。
人間は他者にレッテルを貼る生き物だ、というところをまざまざと表した作品。

光代は毎日家と職場を往復するだけの毎日を送っている。国道から離れたことはなく、ズル休みだって一度もしたことがないような真面目な彼女は、社会と繋がっているような実感も得られず強烈な孤独感に苛まれている。夜中に一人ぼっちでケーキを食べた翌日(多分誕生日だったのでは……)、光代は二ヶ月も前にメールしたまま切れていたメル友にもう一度メールをした。友達でも親でも同僚でもなく、二ヶ月前に切れたメル友に連絡する。この心理描写からも、光代は本当に凄まじい孤独の中にいて、切羽詰っていたことが分かる。

一方の祐一は毎日職場と家との往復、空き時間に祖父母だけでなく近所の老人の介護までするだけの毎日で、光代と似たようなタイプの人間だ。出会い系で会った女にお金を渡してまでも会いたくて、わざわざ長崎から車を飛ばしてくるという「誰かと出逢う」ための必死さ。髪の毛を金髪に染めることが彼にとって唯一の「冒険」で、海を見るたびに「どこにも行けないような気になる」彼は未来を断絶されたような閉塞感の中に生きていた。

光代と祐一はとてもよく似ている。いや、同じタイプの人間だといっていい。孤独で、誰でもいいから誰かに出逢いたい。その痛烈な寂しさが事件を引き起こす。被害者は祐一の中の最も弱い部分、触れてはならない部分に触れてしまう。「あんたの言うことなんか誰も信じない」。ようやく出逢った他者から告げられる社会からの絶対的な拒絶。祐一は衝動的に彼女を殺害する。多分、怒りよりもそれ以上の「孤独」への恐怖のために。

他者と「出逢いたい」という感情は、他者(=社会)と「リンクしたい」ということでもある。

それは多分連帯感を得たいからで、連帯感がないと孤独感に蝕まれてしまうからだと思う。逆に言えば連帯感を得ることで「自分は独りじゃない」と感じられるということでもある。

光代が自首しようとする祐一を引き止めたのは、やっと出逢えた誰かを失い再び孤独に戻ることへの強烈な恐怖からだ。恋心というよりそちらの側面が強いと思う。もう独りは嫌だ。誰かと一緒にいたい。多分、その感情しかない。祐一は光代の手を取って一緒に逃げる。もう破滅しかないと分かってるはずなのに、祐一は自分と同じである光代を放っておけない。何故なら祐一もその孤独を、その寂しさ辛さを、身を以ってよく知っているからだ。

光代の妹は「殺人者に連れ回されている」姉にこう言い放つ。「あんたのせいでこっちがどんな目に遭ってるか分かってんの!?」このシーンで光代は、祐一と出逢い、必要とされたことで癒されたと思った孤独感が、更なる深い孤独へと繋がっていることを知る。「世間からの冷たい目」というもっと容赦のないものだ。それでも祐一を見捨てられない。光代には祐一しかいないからだ。だから光代は、灯台へと戻る。

ラストでどこにも行けない、破滅しかない未来を知った祐一は決断する。強い孤独を感じている光代に、同じタイプの人間である祐一が最後に与えられるもの。それは祐一を「悪人」とすることで得る社会との連帯感だった、というのが報われなくて切ない。光代はこれで「犯罪に遭った被害者」として皆に同情されるし、光代自身も祐一を「悪人」だと思い込むことで「世間一般と同じ」になる。少なくとも、少しの社会との連帯感は得られる。

祐一と歩む道は茨の道だ。「他者と心を通わせられる」「自分は必要とされている」という小さな幸福感、ただそれだけのために全てを捨てようとした光代にとって、世間一般から後ろ指を指される「悪人」と歩む道は今まで以上の孤独へと繋がる地獄だ。だから祐一はあそこで光代に手をかける振りをした。それは、こうすることで光代を新たな孤独から守るためだったのではないか。それを思うと何て切なくて哀しいラブストーリーなんだろう、と思う。祐一は自分の話を聞いてなお祐一を全力で求めてくれた光代を心から愛したんだと思う。例え光代が愛しているのが、祐一の向こうにいる光代自身だったとしても、その哀しさごと愛していたんだろう。光代も同じ、自分を必要としてくれた祐一を愛していたはずだ。鏡合わせのような二人だからこそ、どちらかが片方を引っ張りあげることはできず、破滅にしか向かわない切なさ。光代がいつか強くなり、祐一の優しさに気付く日が来ることを祈らずにはいられない。

他にも良い俳優さんが目白押しでした。バス運転手マジ格好良かったです。
あと、被害者と被害者を蹴り出して逃げ回ってた奴も妙にリアル。こういう奴実際にいるよね、と思わせる。そしてこの二人もまた別の種類の孤独の象徴でもある。女として求められない孤独、他者と無理やり繋がり、そうでない者を嘲笑う行為の奥にあるのは孤独への恐怖である。被害者の父が思い止まったのも泣けた。樹木希林の名演も光る。

祐一のやったことは許されない。けれども割り切れない何か。孤独というもの。それに思いを馳せる映画である。
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