ソウル・サクリファイス デルタ プレイ感想4

  • 2016.09.12 Monday
  • 13:56
SOUL SACRIFICE DELTA (ソウル・サクリファイス デルタ) PlayStation Vita the Best


文献もすべて埋まったと思われるのでそろそろおしまいにします。

どの選択を選んでも物語がそれはそれとして尊重してくれてる感が
あるのがいいなあと思いました。
生贄も救済も運命も、物語として完全否定も完全肯定もされておらず、
それぞれの悲哀が描かれるので、バランスの良さを感じました。

以下ネタバレ感想。
メイジー

あざとい赤ずきん。赤闇の林檎の作り方がいいですね。
幻惑を見せるものだから、代償が片目というのも頷けます。
彼女が書き手に強く憧れるのは微笑ましくも切なかった。
文字通り、書き手がヒーローであり、生きる道しるべとなるのが熱い。
そしてメイジーもまた、書き手に異なる道を指し示すようになるのも。
メイジーが望んだ相棒ではなかったけど、書き手にとっても
メイジーは充分に特別な存在だったのに、すれ違いが胸に迫りました。
それこそ、多大な危険を覚悟してまで、メイジーを助けようとするぐらいには。

最期の彼女の選択はいかにもグリムらしく、メイジーらしくもあって、
それを書き手がちゃんと尊重するのもとても良かった。
醜い感情を知られたくない、女の子らしい気持ちがぐっと来ました。

原作赤ずきんの、狼に食べられるけど猟師に救われる、という流れを
ちゃんと汲んでありました。
狼が幻惑(転じてターリア)、猟師が書き手という解釈でいいかな。

幻惑使いの赤ずきんが、ターリアの見せるグリムという理想の『幻惑』に
騙されてしまうという構図も面白かったです。


ルンペル

元ネタはルンペルスティルツキン。
元ネタの名前当てのモチーフを正体当てに転じた話でした。
しかし、性同一性障害をここまで真面目に、
真摯に描いたのは感動しました。
描き方の上でルンペルとの距離感もちょうど良く、
ルンペルを人間として見ているように思えて良かったです。


ターリア

モチーフは眠れる森の美女の原型とされる類話「太陽と月のターリア」。
知らない間に愛されていて、そのために災いが振りかかるのも
原作を意識しているように思われます。

彼女は文字通り眠っていた。
実の弟ウィルモアを愛しているという夢を見る、というかたちで。
幻惑世界での再会が悲惨で、魔物化するのも無理ないような……。
しかし、ここまで愛する人を不幸にしてしまう愛って、因果で悲しい。
ウィルモアは自分の愛が愛する姉を狂わせるさまを見て、一体なにを想ったのか。
彼が本当にターリアを愛していたのなら、余計に辛いはず。
再会したときに笑わなかったのだから、気づいて欲しかったのだとは思う。

ただ、ここでターリアが神を呪うのは、いくらなんでも筋違いのような……。
恋が叶わないことは姉弟でなくても、それこそ他人でもよくあることです。
たぶんターリアの、姉として「可愛い弟だからなんとかしてあげたい」
「気持ちに応えてあげたい」という気持ちそのものが、
ウィルモアにとっては重く苦しいものでしかないのでは。
だってそう思うのは、ターリアがウィルモアを男としてではなく、
保護すべき者としてしか見ていない証明だから。


===

この作品で、主人公は『書き手』の日記を追体験している設定です。
だからこそ日記の中で書き手の気持ちが描かれるのですが、
プレイしてしみじみと「こいつ良い奴だな……」と思いました。
以降、日記の書き手は『書き手』とします。


書き手

ちょっとおちゃめなところがかわいい。
なんだかんだと言いながらさまざまなキャラクターの
いろんな事情に付き合ってあげている。良い奴なのである。
あと、彼はそれぞれのキャラクターの選択を尊重するのが良いですね。
ランスロットに、誰がどう見ても詰んでる状況下で護衛を頼まれれば
なにも言わずに応じてあげるし。
かといってトリスタンに縋られると「甘ったれるな」と突き放す。
手を貸してやれる部分と、そうでない部分の判断が絶妙だと思います。
彼は情があるけど、出逢ったばかりの他人の荷物をいきなり持つような真似はしない。
この場合、書き手はトリスタンではないので、トリスタンの人生を
選択することはできません。だから突き放す。
ランスロットの場合、ランスロットは是非はともかくとして
自分の道を選択してはいるので(なにもかも放置して逃げるという選択ですが)、
余計な口を挟まずに黙って手を貸してあげる。
かと思えばボーマンのどう見ても詐欺な借金返済にも
付き合ってあげてるような部分もあって、妙に隙があるというか。
そしてなにより、マーリンやニミュエ、メイジーなど、仲間のためなら
命どころか魂までも賭けられる、そういう熱いところもあるのが好印象でした。

いわゆる、あからさまな「良い人」的な言動を取らずに
書き手の人間味を表現しているところが素晴らしいです。
心の動きとしても自然だと思う。
恐らく書き手は自分のことを「優しい良い人」だとは思っていないし、
そういう印象を与えるために人にやさしくしてるわけじゃない。
でも書き手が良い奴で、人間味があって、情に厚いのはプレイヤーに伝わる。
そして彼の見せる情に共感できる。
シナリオライターに表現力があるし、このさじ加減が絶妙でした。
書き手を始めとしたキャラクター達にそれぞれ魅力があって、
特に書き手には自然と慕いたくなるところがあることを、
ここまでごく自然に描けるのは表現者としての力量を感じさせます。

最初の相棒であるニミュエと書き手である魔法使いとのやり取りが切ない。
序盤でニミュエを救済しようとしてもそれは許されず、
魔法使いの掟の厳しさを叩きこまれます。
恋ではないけれど確かにある絆と、情の交錯が胸に迫りました。
書き手が長く引きずってしまう気持ちもよく分かる。
恐らく、ニミュエの抱える孤独や寂しさを、書き手もまた理解できるから。
ニミュエの場合はかなり特殊な事情ではあったけど、でもその孤独感そのものは
人間が誰しも持つ、存在の根源的な孤独感でもあります。
そこに共鳴してしまうのはよく共感でき、好ましく思いました。

気になるのは、書き手は否定するものの、あのペンドラゴンが
書き手を仮にも「孫」と読んだこと、そして「ムニンとフギン」などという
思わせぶりな記述があるのに本編ではそのへんスルーだったことでしょうか。
結局、書き手の素性は最後まで謎のまま。
文献でもフギンは乳母に育てられる、としか書かれていません。
ペンドラゴンが冗談でそういうことを言うようなキャラにも思えない。
しかもペンドラゴンは確か二回も言うのですよね。『孫』と。
ボケている演技、と取れるようになってはいますが……。
ムニンとフギンにはどちらも記憶を対価にするがゆえに記憶がないので、
次の継承者(ペンドラゴン)は、世界の崩壊がなければ書き手だったのかな……と。
そこが外れていたとしても、エクスカリバーを抜いて
(ニミュエの殺戮衝動を引き継ぐ)ことで選ばれし者となります。
また、アーサーの生涯を物語にしたのはジェフリー・オブ・モンマス
というつながりにもにやりとさせられました。
結果的にアーサーは国を破滅へ導く王なので
聖杯を壊して世界を変革し、聖杯がない以上は魔物が生まれることもなくなり
犠牲によって成り立つ国(=世界)の破壊、という意味で
書き手、またはユーザー(無名の魔法使い)が『アーサー』という解釈も成り立ちますね。
とはいえ円卓の騎士の名をもつ魔法使いたちと実際に交流があったのは書き手で、
本の執筆者でありアーサー王の役割を担うものでもあり、と考えると
書き手のほうが自然なようにも感じられます。


ニミュエ

ニミュエは、アーサー王物語では『湖の乙女』と呼ばれる湖の妖精です。
アーサー王にエクスカリバーを渡す役どころ。
本編では生贄にした際に右手に魂が宿るのですが、本人の意識や記憶をも取り込むため、
ニミュエが抱いていた殺戮衝動も手記の書き手に受け継がれてしまいます。
エクスカリバーを殺戮衝動に置き換える辺り、皮肉が利いていてセンスを感じる。

ニミュエは歪な生まれで、『母』であるモルガン・ル・フェへの
強い殺戮衝動を抱えたまま生きて死んでしまうのですが、
そこが、モルガン・ル・フェの分身とはいえ、悲しいぐらい人間的だと思いました。
ニミュエはモルガン・ル・フェの感情を吐き散らすゴミ箱ではなかった。
ゴミ箱に徹するには、ニミュエの心はあまりにも人間のそれだった。
ちょっと過激な表現なのでマイルドにしてみます。
モルガン・ル・フェはニミュエを、人間ではなく娘でもなく、
さながらお気に入りのぬいぐるみのように愛していたのだけど、
残念ながらニミュエは人間でした。

でもニミュエの生まれは人間的ではなくて、なのにニミュエの情操は
人間そのものです。この存在の不確かさと歪さが、生み出した『母』
モルガン・ル・フェへの殺戮衝動になってしまったのは悲劇ではあるけど、
仕方ないのかな、と感じます。ニミュエがモルガン・ル・フェの事情を
思いやってあげられるには、ニミュエの存在をまず確立する必要があるため
モルガン・ル・フェの考えが浅はかだったといえそうです。
書き手がモルガン・ル・フェを生贄にしてからは心の平穏を取り戻せたようなのが
救いではあります。
書き手にとってニミュエは初めての相棒だったから本当に特別で、
大切な仲間で、でも恋ではない、というのが良かった。
幻想の世界でもう一度だけ一緒に戦えたのはすごく嬉しかったなあ。
死にかけて救済してもらったな……(下手だから……)
再会と二度目の別れで、書き手とニミュエはほとんど言葉を交わさないけど、
お互いを大切に想ってるのはよく伝わってきました。
ニミュエが手を重ねてくるシーンは泣く。
書き手もニミュエも不器用で、そもそも言葉に長けているタイプではないし。
それにニミュエは書き手の右腕にいるのだから、書き手の気持ちは
充分に伝わってるはずで、だからこそこの二人に言葉はいらない。

背をさすってもらってあそこまでニミュエが心を打たれたのは、
それまでニミュエの持つ怒りや悲しみや寂しさや孤独を、
『母』であるモルガン・ル・フェを含めて、恐らく誰からも
いたわってもらったことがなかったからだと思う。
それがまた悲しい。
きっとモルガン・ル・フェは、自分の感情で手一杯で、
ニミュエの感情を思いやることができなかったのだろう。

しかしそのままではニミュエの心が死ぬばかりなので、
心が死ぬ前にニミュエのように逃げるしかない。緊急避難は大事。
あるいは、モルガン・ル・フェを殺さないために離れた可能性もあります。
身を滅ぼすほどの殺戮衝動を抱えていながらニミュエが
モルガン・ル・フェを殺しに行かなかったのは、
それがニミュエなりの最初で最後の、親への思いやりだったのかもしれない。
単にモルガン・ル・フェのほうが実力が上回っていたとも考えられますが。

ニミュエにそこまで求めるのは酷だとは思いますが、
真の意味でモルガン・ル・フェを思いやりたいのであれば、
ニミュエが強くなって自立する以外に道はないように思われます。
モルガン・ル・フェが子離れできない以上、
ニミュエのほうが親離れするしかない。

書き手も、なんだかんだと言いながら、殺し合うことになると分かっていながら
泣いている誰かを見たらつい背中をさすってしまう、そういうところが
人に慕われるんだろうなと感じさせます。
物語としてもキーとなる場面ですが、自分もとても好きなシーンです。


モルガン・ル・フェ

そもそも自分自身でも持て余すほどの絶望と孤独、寂しさを、
なぜに分身が受け止めてくれると思ってしまったのか。
普通に考えれば、自分自身で処理できないのだから、
自分が二人になっても課題がクリアできるはずはないのに……。
ちょっと考えが足りなかったように思います。
モルガン・ル・フェはニミュエにリトルナースやプラケーターを求めてしまった。

モルガン・ル・フェは恋人の変貌と喪失に、
気が狂う一歩手前だったのでしょうね。
しかし、いずれ恋人を失うと分かっていたはずなのに、
覚悟を決められなかったのか。
モルガン・ル・フェは弱い女で、それにモルガン・ル・フェ自身も、
彼女の恋人だった無名の魔法使いも気づいていなかったのかもしれない。

大切な相棒にして恋人である『無名の魔法使い』を理不尽に失った
彼女の不幸も察して余りあるところはあります。
実際には生きているのに、恋人がある日いきなり別人の名前を名乗りだして
モルガン・ル・フェを他人呼ばわりしたら、傷つくのは当然です。
そう思うと無名の魔法使いの喪失は世界にとっての損失だったといえる。

でも、このモルガン・ル・フェとニミュエの関係って
母娘関係で往々にして起こりうる普遍的な問題でもあります。
女性は特に、相手に感情的な面で共感を求めてしまいがちな生きものだから。
同性だからこそ、近づきすぎてしまい、相手が人間であると忘れてしまう。
共感を求めるのに、自分は相手に共感しない。
愛を求めるのに、自分は相手に愛を与えない(あるいは手前勝手な愛を押し付ける)。
人間関係であるあるな問題です。

ニミュエはモルガン・ル・フェを拒絶できたけど、これが酷くなると
母親は娘に受動的攻撃をしかけて、ありとあらゆる方法で
罪悪感を呼び起こし、「自分はお母さんにひどいことをしている」
娘に思わせて洗脳させてつなぎとめようとしたり。
母親の役割に依存していると、子どもがいつまでも子どもでいないと
親はできないですから、自立を阻害しようとしたり。

嫌なものは嫌だとはっきり言ったり態度で示したりすることって
相互理解を深めるためにも、身を守るためにも大事です。
もちろんそのために、誰かに助けを求めるのはありだと思う。
これは高度テクニックだけど、言い方の問題とかもありますね。
それに子どものほうから子離れを促すことで、親もまた、本人の人生を
取り戻すきっかけになる可能性だってあるのだから。
たとえそれが叶わなかったとしても、モルガン・ル・フェの不幸は彼女の選択であり、
ニミュエになんの責任もないし、ニミュエが肩代わりすべきものでもない。


マーリン

「アーサー王物語」では湖の乙女に惚れて猛アプローチをするマーリンを、
湖の乙女はうざがって監禁します。
正確には、理由は不明ですがとにかく監禁します。
この辺りは、マーリンが「世界を救う」使命に囚われる、という見方もできますし、
「無名の魔法使い」の肉体の檻に囚われる、とも取れますね。
結局マーリンは「世界を救う」という使命に生きている限り
ずっと囚われ続け、そこから解放されるのは生贄にされて右腕に宿ったときだけで、
どのみち(使命/肉体の)檻に囚われる、という解釈が当てはまりそうです。

マーリンは本編でモルガン・ル・フェにストーカーされているのですが、
確か時が立つにつれてモルガンは元は良い妖精だったのに、
魔女としての性格が付け加えられていくので
こうした部分がうまく織り込まれていたのも面白かった。

シナリオは書き手とマーリンの二人旅が本筋となるのですが、
展開が二転三転するのがわくわくました。
お互いに揺るぎない友情を感じながらも、
それぞれの願いを叶えるために相棒を犠牲にするのか、それとも……。
といった葛藤の中で旅を続けていきます。

マーリンと書き手の絆が最高潮にまで深まったタイミングで
聖杯が表れ、相棒(書き手)を生贄にするよう迫るシーンでの
マーリンの哄笑は名演技でした。
哀しく、気が狂いそうな哄笑だった。もう嘲笑うしかない。
マーリンは普段、冷静で感情を抑えるキャラなだけに、余計に辛い。
そこでのマーリンの選択も良かった。
切り捨てられると思ったのに、やっぱり切り捨てられなくて。
欲に生きる魔法使いでありながら情を無視できないのは、感じ入るものがありました。

気が遠くなるような繰り返しを経て、それでもお互いを
信じる気持ちを持ち続けられたのは、書き手もマーリンも
相手には自分しかいない、そして自分には相手しかいない、という
確信があったからかもしれない。
そこで二人の絆を前に蚊帳の外で傍観者だったユーザーが
自然に介入していく流れも燃えます。

最期の選択では、最初に救済を選びました。
そしたらマーリンはやっぱり世界を諦められないという……。
もう休もうよ……と思いました。
本当に貧乏くじを引きまくりで、因果な男というか……
もうちょっと自分勝手に生きられれば良かったのにね……。
でもマーリンのベースは世界を救うために生涯を賭けて力を尽くした
『無名の魔法使い』だから、世界を放置できるわけないのか……。
マーリンにしか出来ないことであるのは間違いないけど。
救済を選択しても、リブロムが肯定してくれるのはとても良かった。
確かに、誰かを犠牲にする世界が嫌で始まった戦いではある。

次に生贄を選んだら、これは生贄エンドのほうが正史っぽいですね。
生贄エンドではマーリンがようやく、主人公の右腕で
安息を得ることができるので、生贄エンドが良さそう。


===


デルタで追加されたであろうシナリオもうまく組み込まれていて違和感がなかった。
戦闘も面白かったし、物語も重厚で、ドラマとしても申し分ない。
本を追体験する、という設定がよく活かされていました。
また、モチーフにするだけでなくちゃんとひと捻りしてあったのも好感触。
とても楽しかったです。
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