薄桜鬼 感想

  • 2017.09.01 Friday
  • 13:10
薄桜鬼 ポータブル(通常版)


こちらはリクエストボックスよりおすすめいただきました。ありがとうございます!

※「ファンタスティックフォーチュン」をおすすめいただきまして、ありがとうございます。
プレイしたいのはやまやまなのですが、こちらはハードの問題でプレイが難しいかもしれません。
複数票入っておりましたので、ご報告まで。

===


豪華な夢小説を読んだ……


PSP版をプレイしました。真改は未プレイです。

言わずと知れたオトメイトのキラーコンテンツ。
敗軍の話であるため、「滅びの美学」を楽しむ作品です。
思ったより史実を意識した展開でした。
ただ、ところどころでファンタジックなアレンジはされています。

特に隊士たちの抱く思想について、史実を意識してはいますが、
キャラによってはかなり乙女向けに最適化されております。
新撰組や彼らの抱く思想に対して思い入れがない方や、
歴史をよく知らない方のほうが楽しめるかと。

いろいろと目につく部分はあるのですが、最大の難点は、
キャラクターの設定が制作者の都合によって付与されたものである場合が多いことです。
それぞれの設定が、各キャラクターの人生、価値観、思想、人格と紐付いていません。

不都合の発生しそうな場面にだけ場当たり的に設定が出てきて、
用が済んだらその設定は使い捨てられます。
そのため、全体を俯瞰して見たときに辻褄が合わず、
キャラクターとの間に細かな齟齬が発生し、違和感につながっているのが残念でした。

他に詳細な考察がたくさんあるかと思いますが、例によってこのブログは
自分による自分のための自分の解釈をまとめるブログですのでご容赦を。

ところで、新撰組の少女作品といえば、「風光る」という漫画がありますね。
途中まで読んでいたので思い出深いです。完結したら読み返したい。

以下ネタバレ感想。

雪村千鶴

鏡の特質を持った主人公だと思いました。
彼女は新撰組に肩入れしていますが、思想らしい思想を持ち合わせていません。
けれども、これと決めた人を見つめ続けて鏡のように映し出す。

隊士たちは千鶴を通して、否が応でも己の姿を見ます。

だから各キャラの個別ルートではあまり千鶴の人間性が見えてきません。
鏡に人格は必要ないからです。

同時に、雪村千鶴は「新撰組から無条件に愛され護られる私」
体現するためのアバターでもあります。

「無条件に」愛され護られることこそが目的なので、
「なぜ」無条件に愛されるのか、という疑問は、
「なぜ観覧車は回るのか」と訊ねるようなもの。

観覧車がそこに存在する以上、
「一周して元の場所に戻ってくることになんの意義があるのか」と考えるより、
景色を楽しんでしまったほうが効率的だといえます。
言い換えれば、この目的をより自然なかたちで達成するために、
物語の完成度を高めることをしていません。
だから「無条件に愛され護られる」ことへの理由付けが驚くほど弱い。
この理由付けが弱いと白けてしまうのですが……。

千鶴は特定の主義信条を持たず、基本的にふらふら状況に流されます。
究極的には攻略対象の主義信条ですらどうでもよいのではないかと感じました。

そんな千鶴の人間性を最も強く感じられるのは風間ルート。
その次が土方ルートでした。

ところで、本人は新撰組に「監視」されていると思ってるのですが、
作中で明言されている通り、土方としては彼女を「保護」しています。
千鶴が明らかに新撰組へ不利益をもたらすようになってしまっても、
「状況が変わったからといってころころ話を覆す奴は武士じゃねえんだ」というのが
土方の言い分なのですが、やはり千鶴がその場にいるための必要性が感じられない。
隊士たちに慕われ、千鶴も彼らが好きだったにしても、情に流されて
新撰組を危険にさらすのは、土方のキャラクターと矛盾します。

さらに言えば、土方は必要であれば隊士の粛清や拷問も厭わず、
他のなによりも新撰組を第一にして行動する鬼の副長であり、
「性別で扱いを変えない」とも明言しています。
そのため、「千鶴が女の子だから特別扱いしている」という説明も苦しい。

こうした要素が、結果として千鶴の立場を悪くしているのがやや気の毒でした。

彼女の背負う役割は鏡であり、映すものがなければ鏡は空を映すのみです。
そのため、みずから積極的に行動を起こさないのは理解できますが、
鏡としての特質を持たせることにこだわるあまり、彼女の物語上での
立ち位置や見せ方が雑になったのは否めません。

これは千鶴というキャラクターが悪いのではなく、見せ方が悪い。
普段から家事や事務員のような仕事をしているので、非番のときに千鶴は
洗濯だの片付けだの食事の支度の手伝いだのをやっていることが推定されます。
伝令役もこなしているので、まったくの役立たずではないはずなのに、
新撰組の戦闘シーンの解説役や、イベントを発生させるトリガーとして
千鶴を都合良く動かしてるため、役立たずに見えてしまう。

もっと言えば、
千鶴を役立たずにしなければ新撰組の活躍を描くことができない、
制作者の表現力、技量のなさ、視野の狭さ、そして価値観の問題です。

そもそも剣での戦いに女が踏み込むべきでないのなら
千鶴を男装させる意味が分からないし、
「男に護られる女」をやりたいのなら、敢えて危険な場所に千鶴を連れて行く
新撰組の危機管理意識に疑問が生まれます。
更にいえば保護対象に伝令役を任せるのも本末転倒です。
性別を隠すよう強要するのに、往来で「千鶴ちゃん」と平気で呼ぶのも解せない。
守られヒロインに徹することもできず、戦うヒロインでは当然なく。

要するに、制作者の表現力不足の割りを食った主人公でした。
以下、攻略順。


藤堂平助

彼のルートのテーマは「後悔と迷い」。
自分探しが主軸になっているので、青春の雰囲気が出ていて、甘酸っぱかったです。

たくさんの後悔と迷いの中で、千鶴を護ることに意味を見い出す藤堂が描かれます。

史実同様、彼は途中で御陵衛士になるため、伊東甲子太郎と共に新撰組を離れます。
「佐幕派の新撰組が絶対的に正しい」という思想の偏りが最も強く出たルート。
新撰組に肩入れすること自体は別に構わないのですが、伊藤派の描き方など、
対立する主義信条を前にしたときの描き方が幼くてびっくりしました。

佐幕と勤王(倒幕)、藤堂なりに考えて伊藤派に属したのだろうに、
千鶴を護るためならば「今このときは、思想なんてどうでもいい」
藤堂が言い出すので、

「あっ、どうでもいいんだ……」

と思いました。

そんなのどうでもいいわ、という方であれば、まあどうでもいい部分かもしれません。
ぜんぶクリアしてみれば、やや甘めのルートだった気がします。
山南さんの三流悪役感に失笑しましたが、最後の最後で、人間だった頃の自分に
野望の実現を阻まれる、というのは、王道ながらも感慨深いものがありました。

念の為に付け加えると、自分は幕末史に特別な思い入れはありません。

取ってつけたような「薄桜鬼」を意識した描写は、蛇足かな。



沖田総司

なかなか味わい深いルートでした。
彼のルートのテーマは「人としての生き方、在り方」です。

沖田は羅刹という「生きていないもの」になってしまうことで、
それまで「役に立つかどうか」という道具としての自己の在り方ではなく、
「人としてどう生きたいのか」を考えるようになります。

沖田は羅刹になってしまった後、「こうして生きていることが夢のようなもの」と語ります。
それだけでなく、羅刹は「生きていないもの」だとも言います。
彼にとって羅刹とは「夢」であると共に、「生きていないもの」
生きているのに生きていないもの、という矛盾を孕んだ存在が羅刹です。

羅刹になる前、沖田は病によって戦う力を失う。
彼は、剣を振るえない自分は役に立たない=自分には価値がないと考えています。
役に立つか役に立たないかという価値評価基準に沖田の心は含まれていません。
これはつまり、道具としての評価です。
それが羅刹になってから戦う力を手に入れ、沖田は再び「役に立つ剣」となります。

しかし、「生きているもの」としての沖田総司を捨ててまで戦う力を得た後に、
彼の求めていた「近藤勇の率いる新撰組」は死んでしまう。
残ったのは「夢」であり、「生きていないもの」である沖田総司です。
彼が「役に立つ剣」でありたかったのは、この作品において、
「近藤勇の率いる新撰組」のためでした。
「土方歳三の率いる新撰組」ではなく。

彼は羅刹になったばかりの頃、明確に「生きている」千鶴の好意を感じながらも、
線を引いてあからさまに距離を取ろうとします。牽制すらします。
しかし、皮肉にも沖田の愛によって千鶴もまた「生きていないもの」になってしまう。
薫に嘲笑されたように、沖田の思いやりのせいで「役に立つ剣」としてあってはならない
隙が生まれて、千鶴は変若水を飲む羽目になりました。

言うなれば、千鶴は沖田と「同じもの」になる。
彼はそれに強い自責の念を覚え、だからこそ、千鶴に自分の残りの命をやることを決意する。

なぜなら、沖田の愛こそが、千鶴を殺した からです。

あの瞬間、沖田は「役に立つ剣」ではなく「千鶴を思いやる人」になってしまった。
ではその思いやりがどこから来たかと考えると、沖田の愛、という解釈ができます。
彼は千鶴の前では、「役に立つ剣」ではなく「千鶴を愛する人」であることを無意識に選んだ。
それを沖田は、最悪のタイミングで自覚してしまったのですね。
近藤につづいて千鶴と、大切な人を沖田が護り損ねたのは二度目になります。

「生きていないもの」になって初めて、彼は新撰組の剣としてではなく、
千鶴のために生きる、その選択ができるところがなんともいえない。
「どう生きなければならないのか」ではなく、「どう生きたいのか」を考えて、
近藤亡き後の新撰組を切り捨ててまで千鶴を選んだのは、
この作品における沖田が、「場所」でも「夢」でもなく「人」によって
自分の在り方を選ぶ気質の人間だと考えられます。
その辺り、土方とは対称的だなあと思いました。

ところで、
「俺が起きると、君が必ずいるのは何で?」
「何で?」

このシーン、ドキッとしました。
答えれば恋心を暴露しなければならないし、恋心に気づいていることを
ほのめかすような、千鶴を試して翻弄するような台詞が沖田の性格を表していて
印象深い場面だったと思います。

それにしても、羅刹になってからも運命から逃れられないのは、因果を感じさせました。
それが良かったとも思えるし、ハッピーエンドにしてもいいんじゃないかとも思う。
新撰組の歴史に添わせるための千鶴の使い方は、洗練されているとはいえませんが。

沖田の心を護るために行動する千鶴に対して、今度は沖田が
千鶴の心を護るために行動するようになるのは良かったです。

大切な沖田を護りたいと強く願い行動する千鶴に、沖田は
大切な近藤を護りたいと強く願い行動した己の姿を見ます。

しかし、もし彼が病を得ておらず、羅刹にならず五体満足だったら、
果たして千鶴を選んだだろうか、という疑問は残りますね。
「生きていないもの」であり夢の残滓になってからようやく、
愛する誰かのために生きることを優先できる、というのも沖田らしくはありますが。

また、このルートはバッドエンドも好きです。
沖田の心を護ることを第一にしていないと、お互いに血を飲み合うようになるさまが、
依存と自滅を強く感じさせました。
こちらでも千鶴と沖田は「同じもの」になるのですが、心で結ばれているか
身体(血)で結ばれているか、という明確な違いを感じられました。
また、ラストシーンも無常感があって良いですね。

近藤のことで土方を一方的に責め立てるシーンでは、沖田の甘えが見えました。
彼にとって土方は、きっとなんでもできる男だったんだろうなあ。
人の心どころか自分の心にまで考えが及ばなかった沖田が、
千鶴への愛によって思いやりを知るのは、シンプルでありながら王道で良かったです。


斎藤一

彼のルートのテーマは「武士」。あるいは、「武士としての生き方」。
彼は優しいですね。落ち着いてはいるけど冷たくはなくて、気遣いもあって良かったです。
千鶴に剣の腕がある設定は斎藤一に褒められるためだけに存在していました。

彼はこれまで、武士としての在り方を否定され続けた人です。
それを新撰組によって肯定され、武士としての己を確立するに至りますが、
風間への敗北によって、斎藤は再び武士としての自分を否定され、
己が思い描く武士として在れず、屈辱を味わいます。

その斎藤が、武士としての生き方を再構築する話でした。

血を飲むために耳たぶを舐める場面が可愛かったです。
傷が塞がった後にもなかなか離れられなかったり、
エンディングでは名前を呼ばないと振り向かなかったり、
ちょっとしたところで可愛さが出ていてときめきました。

なんだかんだと理由をつけて千鶴を護ろうとするひたむきさも良かったです。

無駄であると知りながら会津への忠誠ゆえに新撰組を離れて死ぬ覚悟をした斎藤と、
無力であると知りながら斎藤への愛ゆえに会津に残って死ぬ覚悟をした千鶴。

斎藤は、無力でありながらも己の心に殉じて斎藤を選んだ千鶴に、
武士としての誇りゆえに会津を選んだ己の姿を見ます。
千鶴が捧げる想いに心を動かされたのも理解できました。

ただ、天霧が唐突に「争いを止める方法は」などと語りだしたときは違和感がありました。
武士は矛を止めると書く、と持論を展開しますが、やや雑な流れだったと思います。

時代が変わる以上、斎藤の望むような形では武士が存在できないため、
心の在り方で武士とする展開はわかりますが……。

刀の時代が終わった後に、武士としてどう在るべきか、というテーマは
不可欠なものだったと思います。
「どのように死ぬか」を選ぶことで、「どのように生きたいのか」が
結果的に浮かび上がる流れは綺麗でした。


原田左之助

彼のルートのテーマは「誇り」です。

原田は「男が女を守るってのは、間違いなく正義だ」と考えています。
これは、彼が「女を守る力を持つ男」でありたいことを強く示す台詞です。
なにかにつけて繰り返すため、文脈から見ても、原田は女を下に見ているという意味より、
「男としてどう在りたいか」を強く意識している印象を受けました。
続く台詞も「千鶴、おまえがいてくれたから、俺たちは普段の何倍も力が出たんだ」ですので
女を護る力を持つ男であることが、彼の誇りだといえます。

そのために、能力があるのに新撰組の見せ場づくりのため
無能でいるしかない千鶴がクローズアップされたルートでもありました。

銃の弾を避けられ、怪我をしてもすぐ治る千鶴は鬼で「化け物」であり、
原田を超える力を有しています。
そんな千鶴の前で風間に敗北した原田は面目を失うのですが、
力はあっても使い方が分からない千鶴を、原田があくまでも人間の女の子として扱うことで、
人間の女の子でいたい千鶴も大切にされて嬉しく感じ、お互いに救われるというような流れ。
「鬼と人間」の対比が活きたルートでした。

全体的に見て、原田ルートが最も甘かったです。
原田の持つ夢も可愛い。やや違和感はなくもないですが。

このルートで千鶴が、将軍は「将軍様」なのに、天皇を「天皇」呼ばわりしていて、
そこはかとなく彼女の価値観が窺い知れました。

確かまともにプロポーズしてくれるのは原田さんだけなので、
安定感があって乙女ゲームっぽかったです。
ここまでされたら普通は原田の気持ちに気づくと思いますが、
千鶴の様子を見ながら、何度も探りを入れてくる原田さんが良かった。

俺たちって同じ夢を抱いてるよね?もう心通じ合ってるよね?意味分かってるよね?と
暗に確認してくる原田と、鬼であるがゆえに気づかないようにする千鶴と、
王道の流れでした。


風間千景

新撰組と途中ではぐれてしまうのですが、皮肉にも
最も千鶴が生き生きするルート。
なんだかんだ親切な風間さんが拝めます。

それにしても、新撰組を離れた途端に見方が変わって、
客観的に見られてしまうのが切ないですね。
坂を転がり落ちるように破滅へ突き進む新撰組。

正直、千鶴が新撰組を離れたほうが自然だと思ってしまいました。

土方も千鶴も、お互いに形骸化した大義名分に執着するさまは、
新撰組らしくはあるのかもしれないけど。


土方歳三

土方ルートのテーマは「夢」ですね。

全体的な流れを見ても、新撰組の中で誰か選ぶのなら、
やはり土方ルートが長いし、一番しっくり来ました。

井上さんへの弔い合戦のために羅刹になってしまうシーンは切なくて、
土方の長台詞も合わせて非常に見ごたえがありました。

武士を否定する時代の流れの象徴でもある風間との対決において、
武士の誇りを踏み躙る風間に対して、土方は是が非でも勝たなければいけない。
ある種、誇りか、あるいは意地のために羅刹になる姿は、土方の生き方そのものだと思いました。

ところでこのシーン、風間は喜々として新撰組の誇りを折りに来るのですが、
長州の人たちの誇りを思いやっていた風間はどこに行ってしまったのかと思わなくもない。
混乱するので選別基準を明らかにしてもらいたい。
好きな子はいじめちゃえ精神なんだろうけども。

「薄桜鬼」のイベントの中でも、さすがに土方ルートは名場面が多かったです。

特に、羅刹になって風間に「まがい物」と呼ばれたときに返した台詞が、
中の人の名演もあって素晴らしい。

「まがい物だと? それがどうしたってんだ」
「俺たちは今までも散々、武士のまがい物として扱われてきたじゃねえか」


己のすべてを賭けて追いかけてきた夢が破れたときに、
強烈に死へ引き寄せられるのは深く納得できました。

近藤の見せた夢を、当の近藤が手放した後も追いかけ続けてしまうのは、
土方が近藤の夢の中で生き続けていたいからで、でもそれができない。
その哀しさがよく描かれていました。

この作品における土方は、確かに自滅的に尽くしたくなる男ですね。
そうして、新撰組のため、あるいは近藤の夢の名残のために自滅的に尽くす土方のため、
まるで鏡写しのように自滅的に尽くす千鶴を、微妙な気持ちで眺める土方が面白い。
ロマンチストなんだろうなと思いました。

近藤勇とのやり取りも非常に印象深くて心に残っています。

「思えば、はかない夢……だったなあ」
この別れの場面、武士として生きたかった近藤が、最後に武士として、
新撰組局長として在りたいという願いを、土方はどうしても無碍にできなくて、
でもそのせいで土方は近藤を失う。
夢によってすべてを失っていく、その苦しみが胸に迫る場面でした。

武士として生きるという夢は、いつしか亡霊のように土方に取り憑くようになって、
一人二人と仲間が死んでいくさまも相まって印象深い。
もともとは近藤の夢を叶えてやりたくて追いかけた夢だったのに、
それが叶わなくて、その夢のために近藤を失って、背中で泣く場面も良かったです。

ついには斎藤も羅刹化して、島田さん以外みんな羅刹になっているのが、
新撰組が死に体になっていることを如実に表していてなんともいえない。

「俺は、おまえを幸せにできない」
だから新撰組を離れて女としての幸せをつかめと千鶴を諭す土方に、
千鶴は「幸せが手に入らなくたって構いません」と言います。

これはまさに、土方にばかりありえぬ夢の実現を押し付けるのも「酷」と言った
近藤が、土方を逃がすために命令を下したのとまったく同じで、胸が痛みました。
土方も、己の幸せを手に入れるために近藤の夢に殉じたわけではなかったから。

土方に拒絶されても土方を慕い、追いかけ続けた千鶴は、
時代に拒絶されても武士であろうとして、夢を追いかけ続けた土方と重なります。

意図せず己の鏡像を見る羽目になった土方は、千鶴を手放した瞬間、
近藤の想いを深く理解しただろうと感じました。

侍が侍らしく生きられる場所を求めていた土方が、風間との最後の対決を通して
鬼として認められ、誇りを勝ち得るのは美しい場面だったと思います。
なぜ「薄桜」だったのかというと、やはり桜が日本の国花であり、
「舞い散る様こそ美しい」という意味合いを込めていたのかもしれません。
先に出ていた「薄桜記」からもそうした意味だった可能性がありますね。

その後、ハッピーエンドで「千鶴を護るため」に土方が生き方を変えたのは、
あの瞬間、土方を手放した近藤の気持ちを理解したからとも解釈できますね。


千姫

彼女の提案は理に適っていて、いちいち最もなのですが、
千鶴と隊士たちのなんだかふわ〜っとした情で毎度引き下がってしまうのが解せない。

役目に縛られているからこそ、恋に生きる千鶴を応援したい、ということは
語られていたのですが、現実的な提案を新撰組が護れもしないのに
毎度の如く断ってしまうのは違和感があります。
しかも千姫の危惧する通りになってしまうのがまたなんともいえない。

風間とのやり取りが良かったです。
案外、風間には千姫のような子のほうが合ってる気がする。


===

史実の新撰組が既に充分にドラマティックなので、その部分以外を
見てしまうと、なんとも微妙。面白かったのは沖田ルートでした。

土方ルートは、これは薄桜鬼がどうこうというより、
史実の土方歳三の人生を見ているようなものなのでなんとも……。
薄桜鬼そのものの魅力、という意味では首を傾げてしまいます。

とはいえ、長年気になっていた作品を攻略できたので達成感はありました。
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