ファイナルファンタジー XV 感想

  • 2017.11.26 Sunday
  • 23:12
ファイナルファンタジー XV 初回生産特典 武器「正宗/FINAL FANTASY XVオリジナルモデル」アイテムコード同梱 - PS4


こちらはリクエストボックスよりおすすめいただきました。ありがとうございます!

野郎4人の旅路を描くロードムービーな雰囲気を軸にしたRPG。
オープンワールド形式が採用されていることもあり、FF15はそれぞれの旅路や
冒険そのものこそがメイン。到達点は同じであっても、4人でいかなる旅路を辿り、
どのような冒険をして思い出を紡いでいくか、その過程はプレイヤーによって異なります。

よって、シナリオはきちんとあるものの、あくまでも4人の冒険こそが
最も輝くような構成となっていました。
つまり、FF15は4人の冒険(あるいは、映画になぞらえて4人が
死体(=王都の死)を発見するまで)の過程をこそ楽しむゲームです。

王国や星の運命、王の使命にまつわるシナリオが可能な限り削ぎ落とされたのは、
4人の冒険の旅路をシナリオが食ってしまわないようにする配慮だったのではないかと思いました。

テーマソングである「Stand By Me」が示す通り、この作品のテーマの一つが
「友情」であり、「冒険」であり、「父と子」、「使命」、そして「絆」が主軸となります。

ただ、王子であるノクトが王の自覚を得て使命を果たす、この作品を青少年の自立の物語という
視点から見てしまうと、やや過保護な印象を受けました。
しかしその過保護さは良く言えば開発陣からプレイヤーへの親切でもあります。
それが如実に表れていたのがゲームシステム。

次の目的地、依頼内容などのガイドが常に表示され、採集系のクエストでは
採集範囲までも示される親切なゲームシステムは、私のようなへたれプレイヤーには
遊びやすかったです。
この親切さがオープンワールドであるはずのゲームに限度を示していた部分もあるので、
一長一短といえるかもしれません。
つまり、あちこちにガイドがあるだけに目指すべき場所が分かりやすく、
本来ならば寄り道を推奨するゲームなのに、その分かりやすさのせいで
思い出を作る前に手早くクリアできてしまうのが低評価の原因のひとつではないかと考えます。
戦闘のチュートリアルなども分かりやすい。

結婚を控えた王子の、独身最後の冒険というところからスタートしますので、
どこかバチェラーパーティーのような雰囲気もありますね。
しかしそうしたのんびりした冒険を続けることができたのは、ノクトの抱える使命の
悲壮感を和らげ、来たるべきときまで子どもらしく、人間らしく生きられるようにと配慮した
数々の人々に護られていたがゆえであることが、終盤で明らかになります。

「キングスグレイブ」「ブラザーフッド」共に視聴済です。
普通にキングスグレイブとブラザーフッドのネタバレも含みますのでご注意ください。

以下ネタバレ感想。
ノクト

彼は子どもです。
甘やかされ、愛されて育ってきた王子。
それは父レギスの父性愛であり、婚約者ルナフレーナの愛であり、
そしてイグニスやグラディオ、プロンプトの親愛でもあります。

王子の自覚もなければ敬語もろくに使えず、レガリア(車)から降りるときは
ドアを閉めなくても従者のイグニスが代わりにドアを閉めてくれる、
野菜が嫌いで食べなくても誰からも食べることを強制されない(小言を言われるだけ)、
こうした振る舞いからノクトの強い甘えを感じました。

ノクトは他人が代わりに車のドアを閉めてくれるのが当たり前の環境で育った。

ノクトがそのように子どもらしく振る舞えるのは、紛れもなく
父王レギスが赦しているからです。
ノクトはいずれ使命によって短い一生を終えることが確定しているため、
なんだかんだ小言を言われることはあっても、強く咎められることはなかった。

父王レギスの訃報を聞いても、ノクトにできることは取り乱すことだけです。
挙句の果てにはコル将軍に「お前の自覚を待っている時間はない」と言われてしまいます。

彼は使命について詳細を聞かされていないので、父王レギスの庇護のもと
まだまだ子どもらしく生きられると思っていて、王になるのは遠い未来だと思っていた。

旅をしているときも、どこからどこまでが自分の領地なのかを知らない印象を受けました。
とはいえ、知る必要はほぼありません。

この辺りの事情がキングスグレイブで明かされるのはうまいですが、
ノクトに憎悪や蔑みの言葉を投げつける者が誰もいないのは、やや不自然に思います。
王都とそれ以外の領地にあそこまで強い断絶がある以上、外に住んでいる人たちは
王家に対してなんらかの期待をすることなどなく、いてもいなくてもどっちでもいい、
つまり既に諦めの境地に至っているとも取れました。

出会う人の九割がノクトに対して無関心、残り一割がノクトに好印象を持っています。
人々の評判と認知度だけ見れば、神凪であるルナフレーナのほうがノクトより格上です。
実際にそのように描かれており、王都の外に住む人たちはノクトに対して
あまり強い印象を抱いていません。ノクトも「そんなもんだろ」とそれを受け入れています。

出会う人々が自分の率いるはずだった民であることを、ノクトが知識として知ってはいても
感覚としてまったく理解していないように思われます。

30年前の王都製の商品に壁の外は技術的に追いついていない、という
クエストの車に用いるワックスでの台詞などから見ても、壁の外の人たちにとって
ルシス王国は遥か彼方の遠い存在、もっと言えば外国について語ることと
似たようなものなのかもしれません。

壁の外の人々はルシス王家より神凪であるルナフレーナのほうを近しく感じています。
なぜならルナフレーナは領地を訪れて人々を癒やすけど、ノクトもレギス王も
王都インソムニアを出ないし、取り立てて壁の外に興味を持っている様子もないからでしょう。
それでは、帝国の王都侵略も他人事感が出てしまうのも無理ないと感じました。

「じいじも王都に行かないし」とシドニーが言っていたように、
壁の外の人々にとって王都インソムニアは、地理的にも心理的にも、あまりにも遠い。
それは王都の人々にとっても同じで、キングスグレイブで語られたように、王都の人々にとって
壁の外の人々は「移民」であり、蔑みの対象です。
ここまで強い断絶を生んでしまったのは、良かれと思って施したのであろう
魔法障壁のせいなのかもしれません。

壁に護られている人と、壁の加護を受けない人。
それはそのまま、王の庇護に直結しています。
その意味では、ルシス王国やレギス王が、国としての人々の生活や
安全保障を確保する、という責務を怠っていたようにも見えてしまいます。

ノクトの話に戻すと、正直、王都が陥落してもノクト一行は
どうしたらいいのか分からない、というところが本音です。
なにもしなくてもいいように逃されたので、別になにもしなくてもいいのですが、
これは唐突に父の庇護を失って自立を促された子どもの混乱と狼狽でもあります。
一応やることは提示されますが(王の力を集める/六神の協力を得る)、
自分で目標を決めてそのためにどうすべきかを考える主体性はありません。
はっきり言うと出された宿題を渋々こなす子どもみたいな姿勢です。

お忍びの割には王都ご謹製の護衛服だの、王家の証であるレガリアを
使ったりしているので、王子の身分を隠したいのか隠したくないのかよく分からない。

恐らくFF15は友情の物語ではあるのですが、自立の物語としての側面もあります。
そのため言わせてもらえれば、自立の物語の割にはお膳立て感が強すぎる。
ノクトがみずから道を切り開いてる感じではありません。
父レギス、ルナフレーナ、そして敵であるはずのアーデンを始め、
大人の導きが多すぎます。

総じて過保護な物語だと感じました。

なんだかんだ大人の示す道をいやいや歩かねばならないノクト。
ノクトが王子ではなく真の王になる、王の物語であり、
自立の物語であるなら、もう少し問題を主体的に解決しようとする姿勢が見たかったです。

というのもノクトたち4人は最後まで基本ノープラン。
4人の自由はレールの上を歩いてすらいない、
言うなればベルトコンベアーに乗せられた自由です。

友情を描くにあたって、ここまで受動的でなければいけなかったのか、という疑問は残りました。
とはいえ、4人でわちゃわちゃ旅をするのは、素直に言えば楽しかった。

ラストの結婚式のシーンは、開発陣の親心と分かっていてもぐっと来ました。
着られなかったウェディングドレスを着て、笑いあって眠りにつく、
使命を果たし終えたノクトとルナフレーナの二人の様子は
星のために人としての幸せを捨てたノクトとルナフレーナに
せめて報いようとしたのだとは理解できます。

ただ、最後の「ありがとう」など、自由度の高さを謳う割には
解釈をプレイヤーに委ねきれない、開発陣の自己主張が
やや強いゲームのような気もしました。


イグニス

参謀というか、4人の中ではいわば母親役。
4人は擬似的な家族でもあるように見えました。

例えば、野菜嫌いをたしなめるだけで無理には食べさせなかったり、
ノクトが閉めない車のドアを閉めてやったり、
ノクトの食べたお菓子を再現しようと奮闘したり、
ボタンを付けるように言ったり。このボタン付けのイベントは
ブラザーフッドだけではなく、本編中でそうしたイベントがあります。

イグニスは最初にボタンが取れかかってみっともないから付けるように言うのですが、
うるせーな自分でやるよとノクトは反発します。
で、結局つけなくてイグニスに「街に着いたら貸せ」と叱られて、
「はい……」と答えるノクト、という内容です。

そのイグニスの失明は、ノクトにとって母親の庇護を失ったことを表します。
イグニスは、「ノクトを見守る眼」を失った。
そのイベントとほぼ同時に、ノクトに先立って六神を説得していた神凪であり、
ノクトを護るため影に日向に使命を行って密かに支えてきたルナフレーナが亡くなる。

ルナフレーナの愛は婚約者として、女性としての愛でした。
彼女はノクトのそばにいることが出来ない。
それはキングスグレイブでルナフレーナが語っていたように、危険からノクトを護るためです。
ルナフレーナは目立つから、ノクトと一緒にいると狙われる確率が高くなる。
月のように、使命を果たすため、影にノクトの世話をしてきたのがルナフレーナならば、
世話役として堂々とノクトの世話をしてきたのがイグニスであり、
世話をするためにイグニスは眼を光らせていたわけです。
そしてノクトはオルティシエでルナフレーナの命とノクトを見守るイグニスの眼、
その両方を失う。
非常に示唆的だと思います。

ノクトはこれから母の庇護を失い、一人で歩かねばならない。

加えてレガリアが父のメタファーであることは、本編で描写されています。
それは王都インソムニア突入時に、レガリアに向かってノクトが、
「今までありがとうな、オヤジ」と礼を言う場面からして明確です。
つまり序盤、帝国にレガリアを奪われて放り出されたイベントは、
ノクトがいずれ、父の庇護を失い、みずからの足で歩まねばならないことを
暗示していたと読み取れます。

しかし、だからといって、あの一連のイベントがうまいイベントであったとも、
シナリオとして評価すべきであるとも考えていません。
開発陣のこだわりばかりが先行していて、物語としての完成度を高めていたとはいえないからです。

イグニスの失明、そしてルナフレーナを失い、ノクトは否が応でも
一人で、王としてどのように歩むかを考えざるを得ません。

庇護される者から庇護する者へ。
自分以外の誰かを気遣うことを覚えざるを得ないノクト。
それはグラディオの叱咤にも見受けられます。

今までノクトを自動的にフォローしていた仲間たちが、イグニスの失明によって、
ノクトもまたイグニスのことを気遣いながら旅を進めることになるのです。

イグニスの料理がもう食べられず、キャンプではみんなで缶詰やらカップラーメンやらを
つつく羽目になるの、最高に陰鬱でゾクゾクしましたね。

そのイグニスが、ノクトを見守る目を失っても、戦うすべを編み出し、
更にエンディングでは再び腕をふるってくれるのはぐっと来ました。

イグニスは母親役の代替、世話役ではなく、ノクトと並び立つ「仲間」になった。
そう感じました。

二度とは戻らぬと分かっていても、「ご無事で」と王にかける言葉も、
その前のキャンプで仲間として「言ってくれて良かった」とつぶやく言葉も、
どちらも胸に迫りました。

まあ、ちょっとあのキャンプのやり取りはFF10のザナルカンドのイベントを
連想せざるを得ないのですが、言わぬが花かな。


グラディオラス

良き兄貴であり、父親役の代替でもあるグラディオ。
イグニスが甘やかす分、どうしてもグラディオがノクトをたしなめる場面が多いですし、
ルナフレーナの死とイグニスの失明の後にノクトを叱り、
自立するよう促すシーンからして顕著です。

イグニスが盲目になったことで、4人の旅はお通夜のように
暗い雰囲気がただようものになります。
気楽さやのんびりした雰囲気が消え、グラディオにも言い捨てられてしまうノクト。

「命と引き換えに届けられた指輪を眺めることしか出来ねえのか」

「イグニスに声の一つもかけてやらねえのか」

「どこの世界にこんなだらしねえ王様がいる」


グラディオの言葉はいちいち最もで、だからこそノクトの心に突き刺さる。
でもノクトは気絶する前まで庇護を受ける子どもだったので、
起きてすぐに誰かを庇護する大人になることはできません。

それまでは目的とやるべきことが明確だったのに、今度は時間になるまで
列車内を自由に散策してみてくださいというクエストが出る辺りも、
自立を暗示しているように思えました。

ノクトは自分の頭で考えることが求められます。
仲間たちはついてこないし、なにをすべきかも教えてくれない。
情報を得てもいいし、アイテムを集めてもいいし、時間までぼんやりしていてもよい。

列車は人生の暗喩です。

なにがあっても否応なく時は進んでしまいます。
だからこそ、列車内のすべてを散策する時間は用意されていないのも面白いしかけでした。

グラディオは敢えてノクトを王様と呼び、自覚を促すのが、
父親役を強く感じさせました。

あと、サニアと話が盛り上がったり、グラディオのシドニー評であったり、
女慣れしてるところが随所に見受けられるのも面白い。しかもよく見ている。
これは妹イリスがいるからかもしれません。

余談ですが、プロンプトの写真ではキメ顔のグラディオが多いのと、
ノクトとじゃれてる写真が多くて微笑ましかったです。


プロンプト

ブラザーフッドでのプロンプトのエピソードが可愛くて良かったです。
ノクトの友だちになるため、陰ながら努力していたプロンプトに
目頭が熱くなりました。

本編では終始ムードメーカーだったプロンプトの不在は堪えました。

まるで兄弟のようにノクトに接し、雰囲気を明るく軽くしてくれる、
それをプロンプトが自覚した上でやっていて、実は自分の身分に
少なからずコンプレックスを持っていて……と、出自も合わせて
もうちょっとイベントがあっても良かったんじゃないかと思います。

これはグラディオやイグニスにも感じたことですが、
DLCで儲けるために削ぎ落としたエピソードだとしたら、
ちょっとなあ……という気持ちはあります。DLCもそのうちやりますが。

ただ、プロンプトの写真はとても面白いシステムでした。
旅の思い出が残りますし、どの写真を選んでどの写真を捨てるかなど、
いろいろ考える上でユーザーごとに差が出るので、4人の旅を
輝かせるという意味で評価できると感じます。

うっかり失明したイグニスへと武器を向けてしまい、
いつもなら宥め役になるプロンプトがキレたときには、ちょっと感動しました。
ごめんよ。

プロンプトがとうとうルナフレーナに会う機会をなくしてしまったのは、
なんだか切ない。


ルナフレーナ

皆に愛され、尊敬されているルナフレーナ。
彼女は神凪の使命を完全に理解し、受け入れています。
そして神凪としていかに振る舞うべきかを知り、その通りに振る舞います。

それに引き換え、誰にも気にされておらず、あまつさえ
ルナフレーナの公務のお荷物になることを心配されてしまうノクト。

ルナフレーナはノクトの助けを待つお姫様ではありません。
彼女は神凪であり、ノクトを護る力を持つ者です。
それはキングスグレイブでも描写されていました。
だからこそニックスはルナフレーナの在り方に未来を見て、命を賭ける。

しかし、ノクトは保護される王子から仲間を導く王になる段階で、
ルナフレーナの悲哀を知ります。
ルーナは別に特別強かったわけでも、平気だったわけでもなくて、
辛かったのを我慢して、必死で立っていただけだった。

ルナフレーナは神凪である前に人間で、そして一人の女の子だった。
それをノクトは痛感します。

ノクトは頼られなかった。
なぜかというと、ノクトはなにも知らない子どもだったからです。
大人は――つまり、精神的に大人である者は、子どもには頼りません。
だって子どもは護るべき存在だから。

ルナフレーナはノクトを愛していたけど、ノクトを頼りになる存在だとは
見なしてはいなかった。護るべき存在だと思われていた。

ルナフレーナに想いを寄せていたノクトにとって、それは打ちのめされる事実だったはずです。

「いくら結果が変わらなくとも、抱えたもんを話してくれねえってのは辛いもんだ」
わざわざシドが語っていたところから示されるように、ノクトにとって、
ルナフレーナがなにも話してくれなかった現実は辛いものでした。
少なくとも辛い表情をしていました。
「やっぱり辛かったんじゃないか」と呟いたノクトは、
ルナフレーナは本当は辛いのではないかと心配していたと読めます。

ルナフレーナにとって辛さや悲しみ、苦しさを共有できる相手は、
ノクトではなくゲンティアナとレイヴスだった。

ではルナフレーナにとって、ノクトは何だったのか。
ノクトがルーナを好いていたのなら、浮かばざるを得ない疑問です。

たぶんルーナはノクトが好きだったけど、同志ではなかった。
その意味でルーナにとってはニックスやリベルト、ゲンティアナのほうがよほど同志なのですよね。
背中を合わせて戦った仲間という意味では。

ノクトとルナフレーナの婚姻は平和の象徴でした。

どんな裏があろうとも、ノクトは仲間たちに揶揄されるように、
ルナフレーナのおかげでようやく存在感が出て来る程度の者でしかなく、
それゆえにルナフレーナは辛いのを押し殺して、ノクトのために戦って、
ろくに顔を合わせる暇もなく亡くなってしまった。

だからこそノクトは、父レギスとルナフレーナがノクトになにも話してくれなかった、
その痛みを知るからこそ、最後のキャンプで仲間たちに辛さを打ち明け、
哀しみを分かち合ったあのシーンが輝く。
友情の尊さを感じられる良い場面だったなあと思いました。

ゲンティアナにルーナの想いを知らされ、ノクトはルーナとの約束をやり遂げる決意を固めます。

FF15に出てくる女性は誰もが例外なくたくましいですね。

水に沈みゆくルナフレーナとの別離は哀しくも美しかったです。
子どもだった二人が大人になってさよならを言う、この一連のシーンは
ノクトの子ども時代の終わりを感じさせました。
ノクトを見守る眼を失うイグニスとノクトを導く命を失うルナフレーナ。

また、アーデンとのやり取りでも、ラスボス戦後も、
最期までルーナが「癒やす者」であり続けたのが良かったです。


レイヴス

印象的だったのは、ルナフレーナがレイヴスに指輪を託そうとするシーン。
使命を果たせとレイヴスは叱咤するのですが、その前に、レイヴスが
ルーナを止めているのが印象的でした。
でもルーナはそれを拒み、レイヴスはルナフレーナの想いの強さを知った、
その流れを受けて、らしくなく弱音を吐いたルナフレーナを叱咤した、というのが、
レイヴスとルナフレーナの絆を想わせて良かったです。

ルナフレーナはノクトに痛烈に会いたがっていて、
だからこそレイヴスは指輪を受け取らなかった。
既に指輪に拒まれている以上、次に嵌めたら死ぬ可能性が高いですし。

キングスグレイブを見る限りでは、レイヴスは指輪に近づく機会を得るために
将軍になったように見えますが、ルナフレーナの庇護も念頭にあったのではないかと。
いくら腕っぷしがあっても権力がないとルナフレーナを護りようがない。

レイヴスがレギスの剣をノクトに返そうとしていたのは、罪滅ぼしのつもりかもしれません。
物語からは、王都攻略までのレイヴスは指輪に取り憑かれていたけど、
指輪を手に入れることに失敗して憑き物が取れて、残りの生をまっとうするにあたり
理性が戻ってきたように見えました。


アーデン

ラスボスにしてはいまいち凄みが足りないアーデンさん。
死体を見つける、という映画になぞらえてアーデンを「動く死体」としたのかな。
結局彼の望みはルシス王家への復讐で、帝国もその手駒でしかなかったわけですが、
もうちょっと物語として帝国を活用してほしかった気もします。
一応ノクトは世界を救っているのですが、どうにも小さくまとまってしまった感が拭えません。

たぶん 王 vs 王 みたいなことをやりたかったのだと思うけど。

それは見れば分かるけど。

そしてどっちが 真の王 なのか! 熱い! みたいな展開をね、
きっと演出しようとしたんじゃないかなって思うんですよね。

でもなんかこう、アーデンにはアーデンの目的があって
ノクトを生かしたのは分かるのですが、結果的にそれで自滅しているだけに
ごく単純に格好悪い。

もうちょっと男としての凄みであるとか、器であるとか、そういうものを
見たかったので、ちょっと小物だなあという印象が残ってしまったのが残念でした。

そういう、格好良い女性と格好悪い男性のバランスが悪かった気がします。
格好良い男性はキングスグレイブでしか拝めないのが、なんだかなあ……


シドニー

可愛くてしっかりしていて癒やしでした。


アラネア

定時退社にうなぎのぼりになる親近感。
美人だし頼りになるし引き際も鮮やかだったけど、
帝国とはなんだったのか感がますます強まる罠。

もういいじゃん、反社会組織とかで。


イリス

一緒に旅をしているときに、キャンプで撮れたチョコボと寝てる一枚が可愛かったです。
ノクトにほのかな想いを寄せているところが可愛い。
しかしこう、ヴィジュアル系なセンスを格好良いものとしているルシス王国が
ちょっと気になります。中2感が際立つし、無理して一般人と差別化しなくても良くない?


ニックス

キングスグレイブは面白かったです。

移民であり、壁の外から王都にやってきて、王都を護ってルーナに未来を託して死ぬニックス。
王都出身のサラブレッドであり、ルーナに未来を託され、星を護って死ぬノクト。

こう見ると、ニックスとノクトは明確に対になっています。

ノクトが仲間の力(知恵や勇猛)を借りていたのに対して、
ニックスは基本、一人で問題に取り組み、解決方法を考える男です。

お姫さまに護られるノクトと、お姫さまを護るニックス、という意味でも対比されているので
なにをどう見てもニックスが格好良い。

まあ、ルーナとの短い時間で未来を護るほうに賭けられたのは、
やや力技のような気もします。
ただ、ニックスのような男には理屈でごちゃごちゃ語るよりも、
目の前に護るべき貴人がいて、その貴人を託された、という事実で充分なのかもしれません。
そういう状況であれば、ヒーローとしては貴人を護る、という決断を下すだろうとも思います。
ニックスは自分の眼や自分の感覚を、つまりルーナは護るに値する貴人であると、
そういう自分の判断を信じられる男ではないか、と思うのはちょっと褒めすぎかな。

ルシス王国が移民を盾にして王都の人間を護る国である、そうした暗部が
描かれたのはとても見応えがありました。
クロウやリベルトなど、短い時間で仲間たちの個性やドラマを感じられたのも
興味深かったですし、ルナフレーナの誠実さと優しさも見えて好印象。

レギスとイドラのやり取りは緊迫感があって手に汗握りました。
最期にレギスがニックスへ託し、そしてニックスがリベルトを「ヒーロー」と呼んで
ルナフレーナを託す、そしてルナフレーナはみずからの足で歩き出す、
この一連の流れが綺麗でしたし、魔法を駆使した戦闘は見応えがあってとても面白かったです。
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